働き方の多様化が言われて久しいですが、今やオンライン会議は当たり前になり、テレワークを実践しているとか、中にはワーケーションを経験した読者もいることでしょう。
我が三重県は南北に広く観光地が点在し、ワーケーションの施設がいろいろとあります。そんな三重県のワーケーションについて、働く人と組織の問題解決を支援する産業カウンセラーの立場から取材しました。
まずは、県のワーケーションポータルサイト「とこワク」を運営する、三重県雇用経済部の山村さんにお話を伺いました。
「とこワク」に込められた意味
アフターコロナ時代の新しい働き方・ライフスタイルとしてリゾート地や地方でテレワークをする「ワーケーション」が注目される中、三重県では、県内経済や地域の活性化、人口増加・移住の促進につなげることを目的に、令和2年度から令和5年度にかけてワーケーション推進に取り組んできました。
地域における持続可能なワーケーションスタイルを追求した結果、消費するだけでなく何かを生み出すイノベーション(価値創造)要素が必要という有識者の意見を受け、ワーケーションを「Work+Vacation」ではなく「Work+Innovation」と定義しました。また、「いつまでも若々しいさま」や「成長」「継続」の意味を持つ「常若(とこわか:いつまでも若々しいさま)」もイノベーションに通じる言葉です。
かかわるすべての人、企業、地域社会が瑞々しい活力に満ち溢れ持続可能であることをイメージして、三重県のワーケーションポータルサイトを「とこわかワーケーション(略して「とこワク」)」と名付けています。
地域とつながる体験が課題解決につながる
ワーケーションプランでは、地域ごとに異なる魅力を持つ三重県の多様性を活かし、豊かな自然環境や食、歴史文化や人と出会うコンテンツを組み込み、地域社会とつながる体験を重視しています。また、企業の利用を促進するために、プランの中に地域課題解決につながる要素や、企業の人材育成、チームビルディング、新規事業開発を目的とした体験や学びを組み込んでいます。
参加した人や企業からは、「地域の人との交流が新たな仕事につながった」「自宅でのテレワークではふさぎがちになってしまうが、気持ちの切り替えができ、心と体の健康につながった」、受け入れ側からは、「地域を知ってもらう点で意図しない出会いがあることがよい」「交流することで地域の良さを思い出させてもらえる」などの声をいただいています。
いざ、ワーケーション施設へ!
三重県のワーケーションは「Work+Innovation」であるという前提を踏まえた上で、2つの施設にお邪魔してきました。
アノウラボ~自由度の高い空間で新たなコミュニティづくり
中南勢地区にある津市安濃交流会館は、源泉かけ流し温泉を擁する公共施設です。その2階に、コワーキングスペース「DEER KICK LABO」とショップギャラリー「安濃古道具店」から成るアノウラボがあります。アノウラボの仕掛け人である川北さんと森谷さんは、共に津市安濃町在住で、地域を盛り上げる居場所づくりに取り組んでおられます。壁一面の大きな窓から山が望めるコワーキングスペースで、お二人にお話を伺いました。
川北さん:ワーケーションとしては、企業や地域で活動している人が会議の一部としてコワーキングスペースを使うことがあり、会議室ではない場所で気分転換できる、より活発に意見が出る、精神的負担が減るなどの声をいただいています。
個人だと、コワーキングスペースとしての利用はあまり多くなく、部屋全体を、例えば写真家の方がスタジオとして、演奏家がコンサート会場として利用するなどといったことが多いです。机と椅子を取り払うなど自由な使い方ができます。
やっぱりこういうこう自然の中というか、景色もいいし空気もいいしっていうところで、静かなこともありますし、ゆっくりとできて気分転換になったっていう話は聞きます。
また、大人向けのボードゲームの教室もやっていまして、仕事帰りなどに集まってボードゲームをして、そこでまた新たなつながりが生まれて、ご飯食べに行ったり遊びに行ったり、新たなコミュニティが生まれるような場にもなっていると思います。
森谷さん:アノウラボは令和2年に立ち上げましたが、こういった場所には潜在的なニーズがあると実感しています。利用される方から聞くのは、やりたいことがあって試してみたいけれど意外に場所がないということです。例えば安く借りられる公民館などはネット環境がないとか駐車場がないとか使えるスペースが限られるなど、案外自由に使えなかったりします。ここだと土日とか夜間も含めて、我々がOKであれば貸し出しできますし、一日を通しての有料イベントや物品販売もできるといった自由度があります。我々の想定外の利用でご縁ができているな、とも感じています。
川北さん:メンタルヘルスの面で言うと、愛知県の高校の先生の離職率が非常に高かった時に、とある高校の先生が同期の人たちを集めて学校が終わってからボードゲームしながら鍋をつつくっていう会を不定期でやっていたそうなんですが、その間は離職率が大幅に減ったと聞いています。一緒に食べて遊ぶっていうのが重要で、将来的にはここもいろんな会社の人が集まるといいなと思っています。上司がいる職場で仕事以外の話をするって難しい場合が多いと思うんですけども、仕事から離れたところでコミュニケーションが取れるような、かと言って飲みニケーションという時代でもないので、ゲームを使って遊んでリフレッシュするっていうのは結構お勧めしています。
森谷さん:場所的特徴でいうと、僕勝手にスパニケーションって呼んでいて、下が温泉施設なんで、うちのお客さんだと温泉セット持ってお風呂入ってからお店に来るという方もいます。それは他の公共スペースにはない機能で、この建物ならではかと。温泉のお客さんが、なんかやってるらしい、みたいな感じでお店を覗きに来てくださることもあります。将来的には、この建物以外のこともやれたらと思っています。
川北さん:仕事帰りにふらっとここに来て、仲間でアートとか音楽とかゲームとかに触れてもらって、ちょっとリフレッシュしてもらうっていう使い方ができると思います。
森谷さん:そういうコミュニティがもういくつかできつつありますね。ゲームで仲間ができたり、うちもミニ四駆の常連さん同士で仲良くなるみたいなことが結構起きているので、千人とか万人のコミュニティじゃなくても、そういうことの集合体でいいんじゃないかなって思います。「ボードゲーム」っていう共通言語を介して年齢性別関係なく仲間同士っていうことで一気に仲良くなれることってあるよねって。そういうある種小さいコミュニティの集合体がいくつもボコボコ起きてくるっていうこと自体が、地域にプラスになるんじゃないかなって。それが安濃町の外から来た人にとってはワーケーションとして仕事もできるし楽しみもあるしで、そういう流れになってくれば、少しずつ大きく、もしくは外の方との関わりがもっと増えていくのかなっていうふうに思います.
コワーキングスペースで、陣地取りのボードゲームに挑戦させてもらいました。ルールはシンプルですが、認知症予防にもなるそうで結構頭を使いました。勝負事が苦手な私でもハマりそうです。
桐林館喫茶室~筆談カフェでコミュニケーションの本質を体感する
次に向かったのは北勢地区、いなべ市の桐林館喫茶室です。以前小学校だった建物は国の登録有形文化財に指定されていて、校門を入ると目の前に広がる校庭、その奥にたたずむ木造の校舎が、ちょっとした感動を呼び起こします。筆談カフェになっている教室は営業中音声オフ、入口には紙と筆記用具が用意されていて、筆談で注文したメニューを昔懐かしい木の机と椅子でいただけます。営業時間終了後、オーナーの夏目さんにお話を伺いました。
「声を出さない」をルールに
関西や関東には、手話カフェとか、手話が公用語のサイニングカフェとか、いわゆる筆談カフェもありますが、音声オフにしてないところが多いです。オーナーが難聴だったり当事者だったりっていうケースが結構あるんですけど、私自身は聞こえる立場で当事者性を担保できない部分もあって、聞こえる人と聞こえない人のコミュニケーションをフラットにする一つの方法として「声を出さない」ことをルールにしました。筆談カフェの中に手話も含めたという感じです。普通カフェってしゃべりに行くところですけど、おしゃべり禁止ではなくて「声じゃないおしゃべりをしてね」という言い方をしています。
聞こえない人でも手話が苦手な人もいますし、中途失聴とか軽度難聴でもザワザワしていると聞き取りにくいとか、聴覚障害と言ってもさまざまで、いろいろな人に合わせられる形にしておきたかったというのがありますね。筆談のほかにジェスチャーだったり、絵で会話したりとか、手段は結構あるなっていうのはお客さんに教えてもらっています。
ワーケーションに筆談を取り入れる
ワーケーションでは、テーマを設けてディスカッションしてもらったり、あとブレストカード(ブレインストーミングのカードゲーム)を筆談でやると結構面白くて、数時間のプログラムのうち1時間ぐらい音声オフにしたりしています。
日々どれだけ自分がうるさい中にいるのか、聞こえすぎてるんじゃないかって気づく人もいます。例えばミーティングがヒートアップすると、声だと掛け合いになることがあると思いますが、筆談は相手を待つから、ゆっくり丁寧に会話ができるんですよ。「これ喧嘩にならないね。夫婦喧嘩しそうになったら筆談に切り替えようかな」って言われた方がいて、なるほどと思いました。コミュニケーションの一つの手段として、会社に帰ってからすぐ実践できることなので、筆談タイムを取り入れてみたいという声もありました。
筆談で、コミュニケーションの本質を体験的に得てもらえたらうれしいです。頭で学ぶのではなく体感するのがワーケーションのいいところだと思っていて、校舎の雰囲気も併せて、この場でぜひ体験してもらいたいです。逆に、自然な音はすごくするんですよ。時計の音とか、台風が近づいてきた時は、窓がガタガタしてうるさいほどです。音声をオフにすることで、建物自体の自然な音に気づいてもらえたり、聞こえない人の体験というよりは、違う感性が感じられると言いますか。これが鉄筋校舎だったらまた違ったと思います。木造だからこその良さはすごく感じていて、場所のポテンシャルにはだいぶ助けられていますね。
白い箱から飛び出して
私はもともと看護師で、病院や施設に勤めた後に教員を経験し、前職でコミュニティナースとして活動していました。コミュニティナースは、医療職に限らず地域に出て人と街を元気にすることが役割なのですが、看護師としての働き方ももっと多様であってもいいなというところから、いわゆる白い箱からちょっと飛び出してですね。
カウンターの中でコーヒー淹れてる人が実は看護師で、困り事があったら相談できるとか、福祉や医療の窓口まで行くまでもないけどなんかちょっと聞きたいんだよね、みたいな時に、ふわっと寄り添える存在であったらいいなと思っています。
医療福祉ってハードルが高いとかちょっとネガティブな印象があったりしますが、筆談やってみたら意外と面白いし、本とか置いてあって手話も楽しそうだなってお客さんに感じてもらえたら、当事者の人がそこで交わって、お互い困らないような間を作っている感じです。声以外のコミュニケーションがあるということに気づいてもらうだけでも、すごくプラスなんですよね。いかに世の中に知ってもらうかが大切だと思います。
原点は異文化交流
高校生の時に看護師になるって決めたんですが、「聞こえない患者さんが来てコミュニケーション取れなかったら自分が困る」と思って、地域の手話サークルに入ったんです。それがすごく面白かったんですよね。なんかやってあげるみたいな雰囲気でなく、異文化交流というか。毎週手話サークルに行くのが、短期留学で違う国の言語や文化を教えてもらう感覚でした。真面目に勉強するというより、終わってからお茶飲みに行くとか別の日に遊びに行くとかが、だんだん面白くなっていきました。聞こえない人が多数の中に聞こえる人が少数の状態が作られるので、手話を使わざるを得ない場面が生まれていって、その環境に身を置いたことが今につながっています。
ただ、世間からはすごく真面目な世界に思われがちで、本当は面白いんだよって発信したい気持ちはありますね。病気障害って確かに大変な面もありますけど、当事者がみんな悲壮感たっぷりかっていうとそうでもなくて、その中で楽しさ面白みを見つけたり、病院って別に笑い声がしないわけでもないし、いろいろ含めて医療福祉のイメージが変えられたらいいなと思っています。
カウンターの中に掛かっている柱時計が、少し遅れて5時を知らせてくれました
取材を終えて
ワーケーションの対象は基本テレワークができる職種ですが、企業研修であれば職種は関係なくなります。世代間ギャップやハラスメントなど、職場でのコミュニケーションに課題を持つ企業も多いと聞きますが、ボードゲームが離職率低減につながるという話も新鮮でした。産業カウンセラーとして、こういったワーケーション研修と企業の橋渡しをすることもできるのではないかと思いました。
また、アイコンタクトが案外通じたり、違っても答え合わせをすればよいという体験をしました。カウンセリングの演習では、言葉で伝えることに意識が行きがちですが、目に入る情報や感じることをもっと信じていいんだな、と自分を振り返る機会にもなりました。
ワーケーションという切り口を通して、コミュニケーションの価値に触れ、産業カウンセラー活躍の場の可能性を感じています。