田  大輔(ますだ だいすけ)

精神科医、産業医

特定医療法人生仁会 須田病院精神科医

       福岡県福岡市出身 愛媛大学医学部卒業

       岐阜大学病院精神科、高山日赤病院心療内科勤務を経て

       現在は特定医療法人生仁会 須田病院 勤務

       2012年公益社団法人高山青年会議所理事長

       学生時代から演劇に係わり現在も劇団を主宰する

先生と岐阜とのご縁は?

福岡県出身で、愛媛大学に進み、大学では「世界劇団」の旗揚げに参加して旅公演するなど演劇活動に没頭した学生生活でした。演劇の世界には正解がなく、人間模様や目に見えない部分を扱うことが多く、これが精神病理学と共通性・親和性があり、自然と精神科医を志しました。卒業後の進路を決める際、精神病理学の大家、小出先生がいらっしゃる岐阜大学の精神科医局にお世話になったのが岐阜との縁です。1年後に関連病院の高山日赤病院心療内科に移り、最初は1年の予定でしたが、気が付けば22年間高山で活動しています。いつの間にかまちづくりにも関わるようになり、青年会議所やロータリークラブ、倫理法人会に所属し、劇団も立ち上げて演劇活動を行っています。

先生が医師として日頃感じていることは何でしょうか?

精神科領域の「障害」には2通りあります。インペアメントとディスアビリティで、どちらも「障害」と訳します。インペアメントとは本人の中にある障害で、ディスアビリティとは本人と社会環境との間に発生する障害です。心の病に対する対応も、インペアメントと考えるのか、ディスアビリティとして捉えるのかでは大きく変わってきます。

例えば、脳性麻痺で車いすを使っている人が2階へ移動したい場合、インペアメントの概念では階段を上れるようにリハビリを繰り返して体力をつけることになりますが、ディスアビリティとして捉えると、車いすと階段との間に生じた障害なのでエレベーターを使えば良いとなります。

精神的に参っている人の対応をインペアメントの視点で解決しようとすると、自己責任論に行き着き、本人は疲れてしまい、うまくいかないことも多いのです。

不登校や認知症などの社会的な問題も本人と環境との関係性の齟齬が大きいですので、ディスアビリティの視点で社会環境を変える、やさしい社会をつくることが、精神科医としての最近のテーマです。

産業医学との関わりは?

産業医学の父であるベルナルディーノ・ラマツィーニは「産業医学は社会を幸せにする医学」という素敵な言葉を遺しています。困ったときにその人だけでなくて社会全体を診て、幸せにアプローチする医学。先ほどのディスアビリティを解決することに通ずる理念に興味津々で学び始めました。

「幸福」に関して、慶応大学の前野 隆司先生が提唱されている幸福学、幸福度に影響する4つの因子論があります。4つの因子とは、やってみよう(挑戦)、ありがとう(感謝)、なんとかなるさ(楽観性)、ありのままに(心理的安全性)です。この4つの要素が高ければ高いほど、幸福度が上がり、創造性が3倍、生産性が1.3倍になると言われています。健康経営や働き方改革からも興味深い知見です。これからはますます知識社会が進みますので、働く人が働きながら成長し、自己実現する組織、そのマネジメントにも産業医が関わっていく時代なのでしょう。

劇場にて

VUCA*の時代となり、過去の前例や成功が通用しない時代です。人生100年時代でもあり、企業の寿命より個人の寿命の方が長くなるとも言われています。個人も組織も自分の強みを活かして、前例や成功を廃棄して新しい貢献に踏み出していくことが求められます。組織自体が学習の場として機能し、人々が共感して、より良い組織に自走していく必要があるのでしょう。「社員の健康は会社の財産である」という格言がありますが、産業医としては健康を幅広く捉え、組織の健康にも寄与できたらと考えています。

人が精神的に参ってしまうような会社の環境で、参った人をなんとかしようとしてもうまくいきません。構造や考え方を変えないと人がいなくなってしまいます。セルフマネジメント、人のマネジメント、組織のマネジメント、事業のマネジメントと繋がっていますので、全体にアプローチする産業医学の強みと心の機微に寄り添う精神医療の強みを掛け合わせて、これからも産業医学を学んでいきたいですね。

実際に担当していらっしゃる企業ではどのような取り組みをされているのでしょうか?

運輸会社を担当して1年半になりますが、購買部に特保の商品を揃えたり、運動習慣を取り入れるコンテストを行ったり、毎月の衛生委員会や、職場巡視にも可能な限り参加しています。社員全体のセルフケア研修や管理職へのラインケア研修、YouTubeを利用した心の整え方などコロナ禍ならではの配信もしています。とはいえ、まずは従業員の皆さんと良好な関係をつくることを意識しています。「職場には心理的安全性が大事ですよ。対話が大事ですよ。」といった考え方が少しずつ浸透している印象です。

これから取り組んでみたいことは何でしょうか?

劇団のキャストとともに

健康経営を目指している企業ですので、そのサポートに貢献できればと思っています。組織としてやりたいことが実現できるように衛生委員会や保健師さんと連携して精神医療の知見も提供できるように幅広く学んでいきたいです。

人生において会社で過ごす時間は長く、その時間が有意義であることが大切です。会社に行って身体を壊すのではなく、会社に行くことで健康になる仕組みや、会社が自己の成長の場として機能する仕組みがあると素敵ですね。会社に行って成長して、強みを発揮して自己実現し貢献する。そしてまた成長する。決められたことを只やっている、言われたことをやりたくないのにやっているだけでは成長しないし、ワクワクしないし、不幸です。人口も減少し、どこの業界でも人手不足だからこそ、一人ひとりを大事にして学習する機会を提供し、一人ひとりが社会の貢献につながるような社会の在り方が理想です。考え方を変えないといけませんが、時代の変化を好機と捉えて、考え方を変えるきっかけに貢献できれば幸いです。「産業医学×Pドラッカー」みたいな講演も企画したいですね。

診察室で待ち構え、精神的に参っている人をなんとかする、マイナスをゼロにもっていく医療だけではなく、診察室から飛び出して、プラスをもっとプラスに。人だけではなく組織や社会を。そういうアプローチがこれからの精神科医の在り方のひとつだと思います。

産業カウンセラーも、クライエントの話に耳を傾けながら、クライエント自身が自分の悩みや問題を対処できるように支援しているのですが、そんな中で先生のアプローチを役立てて、成長してゆきたいと思います。ありがとうごいました。

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*「Volatility(ボラティリティ:変動性)」「Uncertainty(アンサートゥンティ:不確実性)」「Complexity(コムプレクシティ:複雑性)」「Ambiguity(アムビギュイティ:曖昧性)」の頭文字を並べたもの。もともとは軍事用語で冷戦後より戦略が複雑化した状態を示す。VUCA時代とは変動性が高く、不確実で複雑、さらに曖昧さを含んだ社会情勢を示す。